詩画集「星の詩韻」

 

 

 

 
詩画集 「星の詩韻 / Rimes en étoile」
詩・Robert Marteau  絵・大矢雅章  和訳・荒木千穂子
制作協力・ Ateler Comtrepoint / Hector Sonier
制作年 2009-2010
挿入作品 絵 12点 詩12句
版画 腐蝕技法、直接技法により制作。
作品表はモノタイプによる版画。詩はシルクスクリーンにより制作。
発行部数 限定10部
用紙 BFK 
サイズ 58.3x49cm
発行者 大矢雅章

 

詩画集 星の詩韻とロベールとの出会い

 
詩画集を制作した作家として大変申し訳ないと思いますが、僕は「詩」に造詣が深いわけではありません。どうも言語が端的に表現された「詩」という形が、すんなり自分の中に染みわたっていかないことが多いのです。しかし、そんな僕の琴線にもはっきり触れた「詩」と2003年秋に東京で出会えました。その短い詩は美しいビュランの展覧会パンフレットに添えられたもので、小さく「フランス人 詩人ロベール・マルトー」と、あったことを覚えています。

それから数年が過ぎて、文化庁在外派遣研修員としてパリの工房に滞在する間に、僕は長年手元に持っていた、そのパンフレットを頼りに、漠然とその詩人を探してみようと思っていましたが、そんな矢先、探す間もなく奇遇にも彼がこれまで各国のアーティスト達とコラボレーションで制作した作品の数々を展示する大きな作品展がパリの図書館で開催されることを知り、その展覧会のパーティーに、無粋にも自作を携えて会いに行ったのですが、フランス語を話せない僕にとって、初めての出会いは、ただ「アンシャンテ」を言うだけに終わりました。思っていたよりずっと年配で、とても目が澄んだ老紳士だったことが印象深く記憶に残りました。たったそれだけの出会いでしたが、長年思い描いていた彼に対しての関心は、満ち足りた出会いだったことを覚えています。

しかし、それから程なくして、どこで聞いたのか、事情を知った研修指導員だったアトリエコントルポアンのディレクター、エクトール・ソニエ氏は、ロベールがアトリエで僕の作品を見てくれる機会を作ってくれました。彼は僕の詩画集「糸遊」を見て、「君が僕との共作を望むなら、今すぐ制作を始めよう。僕が君の絵に詩を書くよ。」と、言って大きな手を差し延べてくれたのです。84才にもなる、パリの知る人ぞ、知る詩人が、にそう言ってくれたことは、僕を充分に驚かせましたが、「既成の概念にとらわれない詩画集を作ろう。」という彼の提案に、僕は自身のテーマである「生命を巡る時間」を根底に、パリで感じた「うつろい」を表現した詩画集を作ることを決心したのです。

その彼の大らかな問いかけに応えるために、のちに銅版画にすることを想定して描いた水彩画とコンテによる素描は、僕が思った以上に彼の気持ちに届いたようで、当初、版画のみで制作されるだけだった詩画集が、二人のオリジナルによる作品と、そのオリジナルから作られる版画との二種類の同名の詩画集となりました。この二つの同名の詩画集には共通して裏面に、僕が好きだったパリの空をイメージした版画を、モノタイプという版画技法を使って刷ってあります。同じものが1枚と刷れないこの方法から刷り上がる作品に、揺らぎゆく空の儚さ重ね見ています。飛行機雲が幾重にも重なる、美しいグラデーションの空景は、いつまでも僕の心の窓に見えているパリの景色なのです。

僕の生み出したそのイメージから、彼が時間をかけて紡ぎ出した「詩」は、原詩では韻を踏んだ表現になっていて、本当は「歌詩」という言い方が適切なのだといいます。そう聞くと僕はこのすばらしい原詩をフランス語のまま理解出来ないのが残念でなりませんが、この原詩を、僕の感性に自然な形で届くように置き換えてくれたのが、これまで何度もロベールの作品を和訳している荒木千穂子さんでした。彼女が選り抜いてくれた美しい日本語は、読み手をロベールの作り出した宇宙に原詩同様に誘うことが出来る力をもっていると思っています。

この詩画集の制作にあたっては意志の疎通が難しい上に、異国での長期間の制作計画がすんなり進むはずもなく、制作が進むにつれて民族意識の相異からたびたび誤解が生まれたりもしましたが、その都度アトリエの友人達の協力でなんとか解決し、一つの出会いをここに作品にすることが出来ました。エクトール・ソニエ氏をはじめ、アトリエを通じて出会った友人達の親切で無事に一年間の滞在が終了し、この詩画集を今日発表出来ることを感謝すると共に、長年の夢だった留学に際して、惜しみない援助をしてくだった方々に、この作品を見ていただきたいと願っています。この詩画集は、僕がこの留学を通じて経験した全ての要素が集約されて完成したものだと思っているのですから。



大矢雅章 2010年3月11日
 

 

Robert Marteau(ロベール・マルトー)

1925年-2011年 詩人・作家として詩の他にも多くの作品を執筆し、フランスの近代作家たちの作品を出版しているガリマール社からも1973年に小説「Pentecôte」が出版されている。長いキャリアの中で多くの芸術家と交流を持ち、コラボレーションの詩画集を多数制作する。2009年パリ近郊の Médiathèque (メディアライブラリ)で開催された『Robert Marteau & ses amis peintres et graveurs」では36名の作家とのオリジナル詩画集が展示された。詩集最新巻は2009年にChamp Vallon社より刊行された「Le temps ordinaire」がある。