星霜への考察2006
春一番が、はだかの木々を大きく揺さぶっていた冬のある日、僕は自宅前にある、残され島のようになった森のなかで、大きくなったり小さくなったりする空を眺めていた。
たぶん百年前には大きな森だったかもしれないこの小さな里山は、もうすぐその大きな命を閉じる運命にあった。植物が人の言葉を理解していると聞くことがあるが、もしそれが本当なら、その大きく振れる手は、幼少から僕を知る彼らからのさよならのジェスチャーだったかもしれない。
無くなってしまったものを思い出すことは本当に難しいことだと、大きな切株の上に立って広くなった空を眺める。この広い草原からは、以前の鬱蒼とした光景を思い返すことは出来ない。緑の絨毯の上には、墓標となった切株が、ぽつんぽつんとまるで浮き石のように広がっている。永い歳月を生きた老人の顔に刻まれた皺のように、切株には美しい波紋が刻まれていた。そのタイムカプセルの中心には、僕の知らない世界が閉じこめられている。この大きな切株の生まれを知るものはもう無く、森を記憶に留める者もやがていなくなるだろう。誰の心からも忘れられてしまったとき、本当の終焉が訪れる。
百年前に生まれた森の見た世界はどんな世界だったのか。今は誰も知らない封印された時間。もう広がることのない最後の波紋と共にその全てを、僕はこの小さな世界に封印した。 僕の手の中にあるこの小宇宙は、万華鏡のように僕の心眼に散らばった記憶のかけらを呼び起こして、いつまでも美しい追慕を心の中に形作っていく鍵となるだろう。
僕の知らない遠い昔、あなたが蒔いた種からは、もう生の鼓動を聞くことはないだろう。
あまりに変わり果てた同じ場所に立ち、ただそう思った。
大きな柔らかい世界で遊んだ日々のことを、僕はきっと忘れない。
僕とあなた達から産まれたこの鍵が、いつまでも思い出させてくれる。
いつまでも、そしていつまでも・・・・。さよなら大塚の森。
2006年11月20日 大矢雅章